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柳生 敏宏 さま

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支援者の声

小豆島ヘルシーランド株式会社 代表取締役社長 柳生 敏宏さま

ニッポニア・ニッポンの理事である永原と、小豆島ヘルシーランド株式会社の相談役・柳生好彦さまのご縁がきっかけで紡がれ始めた「小豆島物語」。もともと小豆島ヘルシーランドは、「迷路のまち」をはじめとして、スポット的な町磨き活動をされており、「小豆島物語」立ち上げにあたっては、スポットから小豆島全体を巻き込んだ活動へという想いがありました。さて、今回は小豆島ヘルシーランド代表取締役社長の柳生敏宏さまに小豆島への想いを伺いました。


企業として地域活動に参画される意義、役割について

―地域を「興す」のでなく、「磨く」と考えています。

当社は、企業活動の目的として「心と体の健康を追求して、小豆島の発展に寄与する」ということを掲げていますので、島の発展に寄与するための町磨きを行うことは、自然に取り組むべきことだと思っています。「小豆島物語」は小豆島の魅力を発信し、小豆島の住民のための地域プラットフォームサイトであり、まさに町磨きの一環だと考えています。

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具体的な取り組みとしては、「小豆島物語」の中でも紹介されていますが、もともと寂れてゆく一方だった旧商店街を、「迷路のまち」として人が回遊できる場所にデザインし直す、といった町づくりに取り組んでいます。その中で明治時代の古い蔵を改装したアートギャラリーを、3年前から開いています。昨年は、「瀬戸内国際芸術祭2013」とうまく繋げることもでき、年間6900人もの方にご来館いただきました。同時に「迷路のまち」を回遊する人々が増え、少しずつですが活気が戻ってきております。

行政では動けないことを、先んじて企業が取り組みをはじめ、後々行政を巻き込んでいくようになればと思っています。ニッポニア・ニッポンの活動をうまく取り入れながら、10年単位で行う町づくりを企業主導で取り組んでいきたいと考えています。


小豆島の未来像について

―いま、オリーブを植えるのは、300年後の人たちのため。

当社は、オリーブの栽培からオリーブ関連製品の販売までを行っております。オリーブは平和と繁栄のシンボルと言われており、長寿の樹とも呼ばれています。以前、イタリアで樹齢300年のオリーブが樹海のように広がっているのを見ました。 目の前に広がるオリーブは、300年前に植えられたもの―。 そんな脈々と受け継がれているオリーブの樹々を目の当たりにして、大変感動したことを覚えています。それと同じように、いま私たちが植えているオリーブが300年先にもしっかりと受け継がれ、そして、青々とこの町に残っていて欲しい、と強く感じています。300年後もオリーブが残っているということは、数100年後も町が在り続けているということ。 未来の小豆島でも、オリーブを身近に感じながら人々が生活を営んでいる、そんな豊かな姿を想像しています。

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地域活動に参画されているお立場から、同世代の方へのメッセージ

―やってみようよ!僕らがやらないとこの先なくなっちゃうよ!!

いま、親の世代である団塊の世代が、次の世代に受け渡そうとしている段階です。僕たち30代、40代が、責任を持ってそれを受け継ぎ、町を守り、町を磨き続けていかないと、商売のベースである町自体がなくなってしまうし、人も来なくなってしまいます。地域に根付いた企業として、本業で得られた利益を町に還元し、町の価値を上げていくことが必要だと考えます。町の価値が上がり、そこで作られる価値の高い商品をまたお客様にお届けする、という好循環をつくりたいと考えています。これからは私たちの時代。同世代の方には、こんな想いで是非とも町づくりに取り組んで欲しいと思います。

柳生 敏宏

ニッポニア・ニッポンの活動は小豆島全体の魅力や活動などを発信するものなので、「やってみよう」という想いのある方々には、「小豆島物語」をどんどん活用していただきたいです。そうすることで、バラバラな点での発信でなく、小豆島全体の発信に繫がっていくと思います。

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小豆島ヘルシーランド株式会社 代表取締役社長
柳生 敏宏
1978年小豆島生まれ。城西国際大学経営情報学部経営情報学科卒。金属加工業会社の勤務を経て、実家が経営する小豆島ヘルシーランド株式会社に入社。美容オリーヴオイルを軸に全国に通信販売で顧客を増やし、原料を創る農業、生産・加工と6次化へと取り組む。平成17年10月に28歳で同社代表取締役社長に就任。現在は島外からの移住者雇用にも力を注ぎ全社員の20%以上を占める。夢は300年後も続くオリーヴの森を創りオリーヴ王になること。