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お弓神事

連綿たる神事に宿る 感謝の心
お弓神事の物語り
旧正月、鞆の浦の沼名前神社の境内にて
古式に則り、破魔の矢が放たれ―
その様に、脈々と伝わる日本の精神性を見る
24

春を呼ぶ、弓の弦音

烏帽子凛々しい、奉納の装い 

節分も終わり、こよみの上では春。
とはいうものの、後山から吹きおろす風は冷たくて、
梅の花も咲くか咲かぬか、思案中。 

そんな旧正月の日曜日に、毎年行われる神事がある。 

所は沼名前神社の境内。
武芸の神、八幡神を前に、
烏帽子、素襖を身につけた凛々しい若者が弓を射て、
新年の無事と平穏をいのる神事。 

世話方の掛け声に合わせ、折り目正しい「形」と「動作」。
境内のざわめきもいつしか静まって―。 

力強い弓の弦音が、
邪気を払い、春を呼び込む、鞆の2月の風物詩。
「お弓神事」の物語り。

34

申す、申す、お弓を申す

まずは八幡様への御挨拶 

神事を輪番で担うのは、旧鞆町内の7カ町。 

7年ぶりの大役をつつがなく果たすため、
所役を選び、練習を重ね、
地区は文字通り一丸となる。 

中でも一番大切なのは、八幡様への御挨拶。
申す、申す、お弓を申す。 

一同声を揃えて、天の神、地の人に、
告げ知らせながら町内を練り歩き、
向かう先は八幡社。 

前日、当日と2度にわたって、
当番町の一同が、拝殿のきざはしを埋め、
敬虔な、厳粛な、祭儀を行い―、 

さあ、八幡神も御照覧!

44

一つひとつに訳がある

「甲乙ム」の的、清めの矢 

八幡様への挨拶が済むと、
いよいよ的が持ち出される。 

ねえねえ、あの字はなんて読むの?
掲げられたばかりの的を差して、
少年が父に訊いている。
目をこらすと、なるほど中央に奇妙な字。 

実はこちらは、的の裏。
記されてあるのは「甲乙ム(こうおつなし)」の文字。
勝負事にあらず、争いは無用、との神意が、
こうして毎年、啓示される。 

いよいよとあって、参観者も垣を作り、
その中で、禰宜が五方に清めの白矢を射て―、 

矢場の準備はこれにて万端。

54

ねーろた、ねろた

寒風払う、若者の心意気 

参観者の多くが、
厚い上着に身を包む2月の午後。 

けれども、檜舞台に上がった2人の弓主(射手)に、
世話方席から、声が掛かる。 

あーぬく(温く)、あーぬく。 

すると2人は莞爾(かんじ)と笑い、
さっと片肌くつろげる、
あな勇まし、意気や良し! 

ねーろた、ねろた、 

その声と共に、弓、きりきりと引き絞り、
的をば、しかと見据えれば、
ざわめく境内も静まって―、 

いざ射ん、寒風、払う矢を!

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稚児も「矢取り」の大役

懸命のお役目に、皆の顔がほころんで 

2人の弓主が矢を射る間、
お世話をするのは「小姓」と「矢取り」。 

「小姓」はおおむね、10歳前後。
弓主のそばで、かいがいしくも、お手伝い。 

「矢取り」は何と、2、3歳。
的から矢を持ち帰って、「小姓」に渡す。 

大きな鈴を背につけて、お父さんに手を引かれ、
的と舞台を行ったり来たり。
時にはステンと、まろびながら、
一所懸命、お役目果たす。 

はりつめた空気が笑顔で和み、
ああ、未来を担うこの児達こそ、
春を告げる神の使者かと、
そんな風にも、思ったり―。

74

申す、申す、御礼を申す

連綿たる神事、そして、感謝の心 

弓射の儀がつつがなく終わると、
所役、世話方一同は、一旦町内に戻る。 

そして、小憩の後、また列を作って歩み始める。 

その列はゆっくりと、沼名前神社境内の八幡社へ、
またも、おもむろに近付いて行き、
実に3度目の、八幡参り。 

申す、申す、御礼を申す。 

無事に役目をつとめられたことへの感謝を、
当番町内の全員が高らかに唱え、
揃って御礼に参上する。 

― そう、感謝の心。 

これこそが、神事を神事たらしめ、
鞆の町を、かくあらしめてきた、秘密。 

幾百、幾千の春を、呼び寄せてきた、こころ。

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