1. HOME
  2. 木工職人 天達慶隆さん

木工職人 天達慶隆さん

移住10年に見た ユートピア
木工職人 天達慶隆さんの物語り
一見すると、一匹狼の自由人
でも実は、地域の人とのつながりを楽しみ、
しっかりと島に根ざして生きていた

01

我が城、森の中のアジト

~作業場は廃動物園~

ここは、30年ほど前まで営業していた動物園の跡地。

今は手入れする必要がないため草木は伸び放題、
まさに「うっそうとした森」になっている。

草むらには空っぽの檻が朽ちかけたまま放置されていた。
うっそうと茂る木々に守られて、ガレージのような小屋がある。

その周囲には、整然と積み上げられた薪。

耳をすますと、鶯の声や葉擦れの音に混じって、
カリッカリッと何かを削るような音が聞こえてくる。

オレンジ色の明かりが灯る小屋の中、
手元の作業に集中する男。

スポーツでもやっていたのだろうか、
がっしりした体躯に精悍な顔立ちがよく似合う。

どうやら彼は、この森を何かの作業場にしているようだ。

それにしても、なぜこんなところで―?

疑問に思ったそのとき、男が手を止め、
小屋から出て来るのが見えた。

21

その生き方に憧れて

~もう一度、モノに命を吹き込む~

「五郎です」

意外にも穏やかな口調で彼は言った。

「五郎っていうのはね、“自称”なんです。
北の国からの主人公、五郎の生き方にとても憧れていて。
本名は、天達慶隆(あまたつよしたか)といいます」

つまりこの人は、TVドラマの中の憧れの存在、
それも劇中の役名を名乗っているのだ。

さらりと口にしたその名前はしかし、
すっかり板についているようにも思えた。

彼は主人公の「不器用ながらも、人のために
身を粉にして働く」姿が好きだという。
作者の描く、環境問題に訴えかける内容にも感銘を受けた。

物がどんどん捨てられる時代。
直せばまだ使えるものまでゴミになってしまうことに、
五郎さんは胸を痛めていた。

「もったいないですよね。家を壊したあとの廃材でも、
手を加えればまた違うかたちでよみがえるのに」

彼は、廃材建築家に教わりながら、仲間と一緒に
小屋やデッキをつくったりもする。

普通の人にとっては廃材でも、五郎さんの手にかかれば姿を変えて、
また新たな命を宿しはじめる。

五郎さんは、自然と密接に関わって生きたいと思っている。

「樹木って、フィトンチッドという癒し成分を
発生させるんです。こうして森の中にいるだけで、
瞑想でもしているかのような気分になれる」

言われて大きく息を吸い込むと、
確かに都会の空気とは、味も香りも違う気がした。

「ここはね、野生のシカもいるし、猿やイノシシ、
ヌートリアまで住んでいます。さすがに熊はいないですが」

と、少し楽しげな調子で話す五郎さん。
その物腰はとてもやわらかい。

31

木と向き合い、対話する人

~我流で生み出す木工作品~

そういえば、さっき小屋から聞こえてきた音は―。

実は五郎さん、木こりを生業にしながら木工職人としての顔も持つ。

作品づくりに使う木は、ビワ、栗、ヤマザクラ、そしてオリーブと様々。

山に入り、木こり仕事のかたわらフィーリングの合う
木に出会えば持ち帰る。

木工の技術は誰にも教わったことはない。
一から我流で彫りはじめた。

「型も用意せず、木と向き合い対話しながら削っていく。
すると、木の中にあった本来の姿が顔をのぞかせる。
僕はそのお手伝いをしているんです」

木工作業中は、とにかくひたすら無心になれる。
硬い木を削るときのゴリゴリという感触が心地いい。

「曲線を彫るのが好き」

という五郎さんは基本、箸のように真っすぐな作品はつくらない。

作業に没頭しすぎて、気がつけば夜中になっていることもある。

「ちょうど今の時期は、小屋のまわりにホタルが飛んでいたり、
フクロウが鳴いていたり、本当に気持ちがいい―」

ホタルの儚い灯りを時折見ながら、この小さな城で黙々と作品を
彫り続ける五郎さん。

その光景を想像して、
少しうらやましい気持ちになった。

41

夢をあきらめない理由

~とにかく、わくわくすることを~

生まれは同じ瀬戸内海にある、小豆島よりずっと
小さな生口島(いくちじま)。

五郎さんが小豆島に来たのは9年前、36歳のとき。
あるボランティア活動がきっかけだった。

それまでもフリーターとしていろんな土地を転々としてきた。

会社員として組織に属したことは一度もない。

「フリーの身でいたほうが、フットワーク軽くいろんな場所で
自分のスキルを活かせるから」

そういう五郎さんは、木こりや大工の手間仕事だけでなく、
造園仕事から解体屋、知人の家の修繕まで、
頼まれれば何でもやるし、どこへでも行く。

そんな五郎さんには夢がある。

「ゆくゆくはこの森の中に、木工教室や自然学校、
それからバーベキューなどができるコミュニティの場をつくるのが夢。
ここを拠点にして、子供たちに自然の素晴らしさを伝えたいんです」

自然を愛する五郎さんにとっての
まさに“理想郷”といったところだろうか。

今は静まり返っているけど、完成したあかつきには
きっとこの森は笑顔でいっぱいになるのだろう。
でも、五郎さんのこういう生き方を見て、

「いい歳して夢ばかり追って」と心配する人もなくはない。

「確かに……お金の面で逼迫することはあります」

では、なぜ今まで夢をあきらめずにここまでこれたのだろう。

「僕は、わくわくすること以外はやらないんですよ」

彼は迷いなく言う。

「自分にとって嫌なことだったら続かないけど、
わくわくできるイメージがあれば、
一日一歩ずつでも前に進んでいきますから」

51

イメージを言葉にすること

~橋渡しに恵まれて~

五郎さんは、何か新しいことをはじめるとき、必ずその道の
人に会いに行き、門を叩く。

「机の前で『あれやりたい、これやりたい』って
考えるだけじゃ、何も形にならないから」

この間も、ジャンベというアフリカの楽器をつくりたくなって、
職人に会うためアフリカまで行って来た。

「引き寄せの法則というものを僕はこの小豆島で感じているんです」

廃動物園を貸してくれたオーナーとだって、木こりの師匠とだって、
この島の人が引き合わせてくれた。

「とにかく夢を口に出すこと、いろんな人に語り続けることで、
それを聞いた誰かが僕の求めている人と僕をつないでくれるんです」

何にもしばられず、ただ奔放に、ずっと一匹狼のようにして
暮らしてきたのだと思っていた。

しかし彼はちゃんと、一方で島の人とのつながりを
大切に育んでいた。

小豆島に暮らすたくさんの仲間が、
彼を夢へと近づけてくれたから。

61

この島で、ゼロからはじめよう

~島暮らしのススメ~

小豆島に来てから、気がつけば10年が経とうとしている。

3.11以降、都会から島に移住する人が増えたと五郎さんは言う。
また、瀬戸内国際芸術祭を機に、さまざまなアーティストも島に来るようになった。

移住者と接することも度々あるという五郎さんは、

「都会から来た人は、農業などに対してとても勉強熱心。
一緒に何かやっていると、逆に教えられることもあるんです」

小豆島は、はじめての島暮らしにとても向いている、
と五郎さんは言う。

大きなスーパーもあるし飲食店もある。産業もそろっているので、
ある程度は働き口もある。

「島に住むってどんな感じだろう、島の人の感覚ってどんなだろう。
そんな感触を捉えるのに適した島だと思います」

ゼロからやっていこうという勢いのある人も増えた。新たに島に来た人も、
ここで島暮らしのノウハウを持った人と接点が持てる。
五郎さんのような、自然と密接に生きる人の話も聞ける。

「自然や人とのつながり、小豆島の文化を大切にして、祭りのような
地域のコミュニティにも積極的に参加してくれる仲間が移住してくれたら、
僕はうれしいですね」

はじめて会ったときはどこか浮世離れしているように見えた五郎さん。

本当は、人と人とのつながりを楽しみ、しっかりとこの島に根ざして生きている、
そういう人だったのだ。

その他の物語り