宝生院 高橋寿明さん
その見守る先には、若き住職に託された
古寺・宝生院が静かに佇んでいた
瀬戸内海のような笑顔
若き住職のたたかいはこれから
笑顔の素敵な人って、不思議と一瞬で好きになる。
その人が笑うだけで、こちらの気持ちも明るくなる。
きらきらと陽を浴びて光る瀬戸内海のよう―――。
この春、真言宗の古寺・宝生寺に住職として赴任した
高橋寿明さん。32歳、その顔には33世目として寺を守ってゆく重圧よりも、
寺を新しく生まれ変わらせようというやる気と期待に満ちている。
生まれ育った小豆島に戻って数か月。ファッションが趣味という若き住職は、
新たな宝生院を思い描く真っ最中だった。
素敵な笑顔の住職に、会いに行ってみる。
住職として“Uターン”
生まれ故郷の島へ
高橋さんが生まれ育ったのは、ここ小豆島。実家は宝生寺のほど近くにある。
大学は和歌山・高野山大学に進学。仏の道を志したのは、地元で住職を
する従兄弟の影響だった。約9年半をかけ、高野山の寺で修行を積むと、
その後は四国八十八か所霊場の一つ、香川県の善通寺に入った。
島を出て10数年、ふるさとの寺で住職を務めたい――。
そんな気持ちはあったが、現職の住職がいる寺に対して
住職になりたいと願い出ることは簡単ではなかった。
しかし、確かな縁は、彼を島に呼び戻す。
大木と母の御霊に守られて
就任2か月前のめぐり合わせ
小豆島に住職として戻りたい。高橋さんの淡い期待は現実のものとなる。
地元・小豆島の真言宗の寺、宝生院が新しい住職を探しているというのだ。
彼はその話をすぐに引き受けた。
樹齢1600年を超えるシンパクの木が守る古い寺。
見事な枝ぶりは見上げても見上げきれない程である。
「宝生院がここに建てられたように、この木には
何かを引き寄せる力があるんだと思います。」
そう話す彼をここに引き寄せた縁も、
この木の発するパワーなのかもしれない。
そして、めぐり合わせともいえる出来事は
もう一つ起こった。
就任まであと2か月というとき、祖母、そして母が
立て続けに亡くなったのである。
母の過去帳(故人の名簿のようなもの)は息子の
住職就任を目前に、同じ宝生院に入ることになった。
そして春、大木と母に見守られて、若き住職が誕生した。
「今まで文字として読んでいたお経に、気持ちが
乗るという経験をしました。見守られてるというか、
覚悟が生まれますよね」
人が集える場所として
見違えるほどきれいな寺に
先代から受け継いだ寺は、木々が茂り放題の状態になっていた。
まずは掃除から――。高橋さんが最初に手をつけたのは、
境内の清掃だった。茂っていた木々を剪定し、
本堂への通り道を整備した。
「ここにいる人間がやらないと、やる人はいないですから。
シンパクを見に来て下さる人は今でもいるんですけど、
お寺自体をもっと清潔感のある場所にして、
本尊様にも手を合わせてもらえたらと思っているんです。
これから1年間くらいをかけて、
生まれ変わらせたいと思っています。」
就任1年目の今のうちから、
いろんなことに取り組もうと考えているという。
「石のアート展を開催したいという話も頂いてますし、
大晦日には地元の方を招いて除夜の鐘をついてほしい。
1年目だからこそやるんです。
1年目なら失敗しても許されるかな…って」
そう冗談めかし、彼は笑顔を見せた。
寺はすでに生まれ変わり始めている。
みんな、支えてくれますから
寺を守る覚悟の表情
「まだ、他人のうちに住んでいる感覚ですね。落ち着かないです。」
寺は、住職のものではなく、寺を支える檀家さんのもの――、
つまりは高橋さんが住む建物も、200軒余りの檀家さんのものと考えるのだとか。
檀家さんのおかげ…。
そう話す若き住職の顔は引き締まる。その顔には寺の新住職という職の、
責任の重さが見て取れた。
「でも、みなさんが支えてくれますから。私が来る前から、
シンパクの下を清掃してくれている老人会の方たちがいるんですけど、
赴任した時、心配しないでね、手伝うからね、と言ってくれて。
花とか野菜とか持ってきてくれたりするんです。
あそこに飾ってあるガクアジサイも
頂いたものなんです。」
ふと目をやると、部屋の隅にはガクアジサイが
美しい花を咲かせている。
ふるさとで住職になった彼には、
たくさんの味方がいるのである。
島のよりどころに
虚しく往きて実ちて帰る
若き住職の下、生まれ変わろうとする宝生院。
「今、島では寺で葬儀をする家が減ってきています。何かと便利な斎場で
済ませてしまうんです。じゃあ、寺は何のためにあるのか―、そこに立ち返ったとき、
人々の心のよりどころである道しかないのかなと。そう思って、この寺をよりよく
していっているところです。」
その目には寺のみならず島の未来も映る。
「島の人たちには、島の文化を守ってほしいと思います。
島にあるもの、そのものを生かして、いい島にしていく。
そうすれば、遠くからはるばる来てくれた人に満足して頂ける。
空海の言葉に“虚しく往きて実ちて帰る”というものがあるんですけど、
そういう島にしたいです。」
寺という場所から、島のこと、
島の人を見つめる高橋寿明さん。
これから彼の手で、宝生院が
どう変わってゆくのか楽しみである。
生き生きと語るその笑顔の横には、
青いアジサイが寄り添うように微笑んでいた。