会津の炭 永井炭成館 永井陽一郎さん
そんな中、父から店を継いだ四代目は、
炭に新たな火を灯すべく、もがき奮闘する
「会津の炭」に“火”を灯す
白い炭に、一点の赤い火が灯り かじかむ手をそっと火鉢にかざして揉みほぐす。
おだやかに燃える木炭が、ただ傍にあるその姿。
まるで、人に寄り添うようである。
昔はよく見られた、冬の風景。
かつては人々の生活に寄り添ってきた炭― 時は過ぎ― 現在(いま)は
目にすることさえ珍しい。
しかし、”火“はまだ消えていない。
木棚の上に、静かに置かれた黒い炭 部屋の明かりに照らされて、
少しだけ光って見える。 吸い込まれるような深い黒― 赤々と燃える姿とは違った、
どこか愛でたくなるような佇まい。
本来の役目とは少し違う、ただ置かれただけの炭― これもまた、
人に寄り添い暮らしに花を添える、 新たな炭の役目である。
会津の良質な炭を復活させ、発信する。
永井炭成館から広がる「会津の炭」の物語り
「炭」を継いで
永井炭成館の店主、永井陽一郎さんは 先代である父から店を継ぎ、
今は四代目にあたる。 若い自分は何をすべきなのか。
自問のすえに、至ったのは、「会津の炭」の再興だった。
陽一郎さんの家系は創業以来ずっと、炭一筋だった。
しかし、ガスや石炭、石油の台頭とともに、
炭の取り扱いは減少の一途をたどった。
更に廉価な外国産の炭が輸入され、
高価な会津の炭は風前の灯火となる。
国産の炭は質が良い。 輸入の炭と比べて火力が強い、異臭も少ない。
その中でも会津の炭は更に上質だ。 会津に多いナラやクヌギの木からは、
多くの料理人を魅了する、良質な炭ができあがる。
地元の伝統が、会津の炭が廃れていくのを 陽一郎さんは放っておけなかった。
―若い後継者として、もう一度会津の炭を元気にしたい。
地元の生産者から仕入れた良い炭を、世に送り出す。
陽一郎さんは「会津の炭」の再興を目指す。
くすぶる炭に空気を吹き込むように、 永井炭成館は「会津の炭」に
新しい風を起こそうとする。
赤く一点、陽一郎さんの心に決意という名の“火”が灯った。
人と炭の歴史
歴史上、初めて炭に火が灯ったのは今から三〇万年も前― 煙も炎も出さず、
保存も利く、まさに革命的燃料。 炭の登場は人類の歴史を大きく変えた。
炭は薪よりも高温になる。 土器を焼けば、より頑丈に。
鉄を溶かして農具を作ることができる、仏像を作ることもできる。
煙の出ない炭は、家の中で人を温める。
おだやかに燃焼する炭は、茶の湯に使われた。
炭とともに人は生き、炭と共に文化を形作ってきた。
森林が多い東北地方は炭の生産が盛んだった。
会津もやはり、全国随一の炭の名産地。
交通網が発達すれば、炭は関東へも輸送された。
石油、ガスが燃料の主流となった現代。 人は、燃料としてだけでなく、
別のところに炭の価値を見出した。 水を美味しくする、空気を清浄する。
炭は再び、人と新しい関係を築いていく。
炭の歴史、新たな可能性― 人と炭の関係は明るいように見えた。
しかし、陽一郎さんが面したのは、炭を取り巻く厳しい現状だった。
「会津の炭」を再び―
「会津の炭」の再興に乗り出した陽一郎さんが直面したのは、
炭を取り巻くあまりに厳しい現状。 作る人がいない、作る場もない。
現在、活きている炭窯はかぞえるほどしかない。
―もう、手遅れかもしれない。
そう思わずにはいられない炭の衰退。
職人の高齢化と跡継ぎ不足が製炭業を苦しめる。
窯は使い続けなければ良質な炭が焼けなくなる。
一度消えかけた炭の“火”を、再び灯すのは難しい。
それでも、陽一郎さんは諦めない。
かつての名職人に再び炭を焼くよう、頼み込んだ。
次世代の職人候補も何人か見つけた。 たとえそれがすべ上手くいかなくても、
確実に、少しずつ、会津の炭は復活の道を歩んでいた。
―そんな中、東日本大震災が起こった。
震災を乗り越えてー
二〇一一年に起こった東日本大震災は、会津の炭の再興に大きな待ったをかけた。
窯が崩れた、水が漏れ出て使い物にならなくなった。
新しい窯を作ったとしても、良い炭が焼けるようになるまでは一年― 被災地、
そして炭の再興を目指す陽一郎さんにとってはあまりにも長い時間。
幾人かの職人は、震災を機に窯を閉じる決意をした。
炭を焼くことすら禁止された。 木を焼くとき、
放射性物質が出るのではないかと、行政から炭焼きにストップがかかった。
福島第一原発の事故の影響が、「会津の炭」に暗い影を落とした。
厳しい状況の中、陽一郎さんは悲嘆に暮れてばかりではなかった。
電気もガスも使えない暗闇の中、 炭の“火”がぽうっと灯り、ほっと心を落ち着ける。
―ああ、炭はやっぱり良い。
炭のぬくもりを感じて、「会津の炭」への思いを新たにした。
炭を会津の地から
良い炭は生活を豊かにする。 火鉢から漂う炭の香り、
燃える時のチンチンという優しい音。
高温で焼かれ、遠赤外線に引き出された肉の旨み。 ―安くはないけれど、
ちょっとゆとりがあるときに、心の贅沢として使ってほしい。
電気やガスにはない 炭だけが与えてくれる「贅沢」を、陽一郎さんは語る。
炭には個性がある。 焼き方、素材によってそれぞれ違いが出る。
じっくりと焼かれた黒炭は、火がつきやすく、扱いやすい。
高温で一気に焼き上げる白炭は火力が強く、火持ちが良い。
「会津の炭」には会津の個性が出る。ナラやクヌギで作った炭は静かに燃える、
厭なにおいもしない。 炭の断面も美しく、まるで花のよう。
「会津」と「炭」、二つを結びつけ、
地域ブランドとして確立するのが陽一郎さんの夢。
炭の名産地として人が集まり、 炭焼きの体験をしたり、
こだわりの炭で焼かれた料理に舌鼓を打つ。
「会津」と「炭」の未来のために、 陽一郎さんの心の“火”は強く、逞しい。
「炭」を見つめて
永井炭成館が伝えるのは「燃える炭」としての魅力だけではない。
「見る炭」、それは工芸品のように美しい。
炭に新しい命を吹き込むのは、陽一郎さんの妻、美保子さん。
福島に多いナラを使った黒炭は 密度の濃い黒色で、菊の花に似た断面が特徴。
そっと置かれた小さな炭、風鈴のように玲瓏な音をたてる炭。
「炭」そのものの良さが滲み出る。
―自然の形を活かすように作っています。
こう語る美保子さんは、手探りで「炭」のオブジェを作ってきた。
湿気取りや空気清浄としての役目だけではなく、
空間にぬくもりを与える力がある。
見る者の心に、ゆとりが生まれる。
決して楽観的ではいられない現状の中に、「会津の炭」はある。
しかし、永井炭成館から生み出された「見る炭」という新たな試みが、
炭の歴史に一点、未来を照らす“火”を点した。