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喜久屋パン店

パンは時代を知っている
喜久屋パン店の物語り
昭和7年より続く喜久屋パン店は、
祖父の代からの伝統の味と、
若旦那が切り開く時代の味が共存する

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歴史匂い立つ

七日町通りをいくらか入ったところ。小さい緑の庇(ひさし)が目に眩しい。

KIKUYAの屋号が白抜きされている。 クラシックとモダンが
融合したような店構え。 扉には大きなガラス窓がはめ込まれ、
思わず覗き込みたくなる。

近づくにつれ、パンの匂いが鼻腔をくすぐる。
扉を開けると、体中をパンの匂いが包み込む。

昭和7年より続くという「喜久屋パン店」。

祖父の代から続く伝統の味と、 若旦那が切り開いていく新しい時代の味。
その両方が並ぶこのお店は、 会津の人々に豊かさをもたらしている。

長年に渡って、人々のお腹と心を満たしてきた、
「喜久屋パン店」の物語り。

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80 年、という重み

喜久屋は創業以来、80年も続く老舗パン屋。

それだけの長い年月、 ひとつの屋号を守り抜くというのは、
並大抵のことではない。

戦前、現在の若旦那の祖父が立ちあげたこの店。
初めのうちは順調かに思えたが、第二次世界大戦の混乱の中、
やむなく店をしまうことになる。

戦後すぐも、材料の入手が困難で 店にパンを並べるだけで
苦労したこともあったと言う。

その後、学校給食の始まりや食生活の欧米化によって、
急速にパンの消費需要が高まり、製菓・製パン業は軌道に乗る。

しかし、近年になり、製造のシステム化や大規模化の流れに伴って、
多くの個人商店は店を畳まざるを得なくなる。

そんな中でも、喜久屋はしぶとく、 たくましく生き残り、
人々のためにパンを作り続ける。

80年もの間続けてこれたのは、店に対する地元の人たちの愛着と、
3代目として汗を流す、 若旦那の努力があるからに他ならない。

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若旦那、ここにあり

3代目として店を任されているのは久住川浩幸さん。
実は久住川さんは、元々パン屋を継ぐつもりはなかった。
若い頃は音楽が好きで、アメリカへ行くなど本格的に学んでいた時期もあった。

しかしあるとき、店で働いていた人が怪我をして 人手が
足らなくなり店を手伝うようになる。 あれよあれよという間に
パン作りの面白さに目覚めて、今に至る。

「日々、パンと向き合っていると、伝統の大切さを感じる」と
久住川さんは語る。 昔と変わらない製法で、昔と変わらない
味を守り続けていく。

「だって、昔と変わらぬ味を楽しみにしているお客さんたちがいるから」

一方、新しさを取り入れることも忘れない。
昔は店頭に並んでいなかった新たなパンを、いくつも開発していく。
最近では、クロワッサンが人気だという。
値段もお手頃で、みんなが手にとっていく。

「一番嬉しいとき? お客さんに美味しいって
喜んでもらえるときに決まっています」

口下手な若旦那は、 照れ笑いを浮かべながらも、そう言い切る。

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愛され続ける、ふたつの「パン」

喜久屋には様々なパンが置かれているが、 その中でも最も
古株にあたるのが 「タマゴパン」と「カタパン」のふたつ。

タマゴパンは乾パンを甘くしたクッキーのような洋菓子で、
その小ささから、いくらでも食べてしまえそう。
カタパンはその名の通り、石のように固いが、
噛むほどに甘みが出てきてクセになってしまう。

どちらも古くから愛されていて、
県外からもお客さんが買い求めに来るほどだ。

すべてのパンは手作業によって作られている。
ぬくもりあふれる喜久屋のパンを一口頬張ると
幸せが体の奥にまで届いてゆくようだ。

青と緑のレトロな包装紙も洒落ていて、
きっとみんな捨てられないに違いない。

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先代の存在

先代である親父さんも現役で働いている。 父と子。
パンを愛する気持ちは同じなれど、流儀はそれぞれ。

「誠実さを重んじたいんですよ」と、久住川さんは言う。
誠実さとは、本当に美味しいものだけを届けたいということ。
そのためには、とことんこだわって作りたい。

一方、親父さんは生産性や効率にも目を向ける。
商売人として長年喜久屋を引っ張ってきたからこその、
考えというものだろう。

時に親子でぶつかることもあるが、 それでも、
久住川さんは親父さんに尊敬の念を抱く。

「何て言うかね、おおらかなんです」 自分とは違う意見を
受け入れる度量の大きさや、 ミスを簡単にカバーできてしまう
柔軟性では、 親父さんの域に達していないと言う。

親父さんは未だ現役。 その背中で、
息子に語るべきことはまだまだある。

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会津の地で、ずっと

お祖父さん、親父さん、若旦那。 「喜久屋パン店」の
看板を背負う人は、 時代とともに移り変わる。

店の建つ場所だって変わる。 これまでに2度、引っ越しをした。
店の外装だって、その度に変えてきた。

商品のラインナップだって時代に合わせて。

昔はタマゴパンなどの洋菓子が中心だったが、
今ではクロワッサンやフランスパンなど、
本格的なパンに重点を置いている。

時代の流れとともに、様々なことが変化する。
それは必然で、避けようのないことなのかもしれない。

それでも、この会津の地で、 喜久屋パン店が、
パンで人々を笑顔にし、心に豊かさを届けたいという気持ちは、
いつになっても変わることがないはずだ。

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