ソーシャルワーカー 石川裕子さん
「その人らしさ」を大切にする介護が、
町の人達の意識を変えていく。
鞆に住み、
鞆のお年寄りを支える
頼りがいのある「若い人」
鞆の町を散策していると、お年寄りをよく見かける。
なかには、足元がおぼつかないようなおばあちゃんも。
それでも、どうやら一人暮らしをしているらしい。
お元気でいいですね、と声を掛けてみると、
おばあちゃんは笑顔で答えてくれた。
「おかげさんで。近所の人もようしてくれるしな。
それにほれ、さくらホームの若い人らがおるけえ」
なかでも、石川裕子さんという人が、頼りになるとのこと。
鞆に住んでいる人だそうだ。
鞆の浦・さくらホームという介護施設の
石川さんを訪ねてみると、快く招き入れてくれた。
「利用者さんから連絡があったら、
電話に出るかもしれんけど、いいですか?」
石川さんのもとには、利用者のお年寄りやその家族から
頻繁に連絡があるそうだ。
携帯電話を握りしめながら、石川さんは微笑んでいる。
こちらがホッとするような笑顔。
きっと忙しい仕事なのだろう。
でも石川さんは、どこかそれを楽しんでいるように見えた。
面白い人がいる
町に住みたい
鞆の魅力は「人」にあり
石川さんは、現在37歳。
鞆に住み始めて10年以上になるという。
1999年に大学を卒業してからは、
福山市内にある大型の老人保健施設(老健)で相談員として働いた。
高齢者が在宅復帰を目指してリハビリをする施設だそうだ。
そこの利用者に鞆の人が多かったことから、
石川さんは頻繁に鞆を訪れるようになる。
最初に惹かれたのは、鞆の美しい景色。
でも、もっと魅力的なものに気づいた。
「住んでる人が面白いなぁって思ったんです」
住民に興味を持った石川さんは鞆に引っ越し、
そこから老健に勤めるようになる。
そして、だんだん町の人と仲良くなった。
「本当に可笑しいんですよ」
石川さんが話す町の人とのエピソードは、思わず
噴き出してしまうものばかりだ。
夕方、町内のおじいさんから、
職場に電話がかかってきたと思えば
飲み会するからそろそろ帰ってこいと言われたり。
趣味の三味線を練習していたら、聞きつけたご近所さんが、
家に入って来て踊りだしたり――。
石川さんが、町の人たちの懐に飛び込み、
町の人たちは彼女をしっかりと受け止めてくれたのだろう。
石川さんの人懐っこさが垣間見えた気がした。
地域の中で
人を支えたい
介護をめぐる葛藤
一方、職場では葛藤していた。
石川さんは、自分の力が足りないと
思うことが多かったという。
老健は、一定期間利用すると、利用者は退所を
求められることがある。
そうすると自宅に戻ることになるのだが、人によっては、
それが難しい場合もある。
一カ月すれば再入所できるので、その間は他の介護サービス
を受けてもらい、また老健に来てもらう……。
結局、利用者はずっと施設にいるということだ。
そんな提案しかできない自分に、
石川さんはふがいなさを感じるようになっていった。
「結局、施設側の視点しか持ってなかったんですよね」
これだと安全じゃないとか、家族の負担が大きいとか、
そういうことばかり考えていた。
本人は自宅で生活できる力を持っているかもしれない
のに、それを見ようとしていなかった。
「これじゃあ、本当の意味でのソーシャルワーカー
じゃないなと思ったんです」
もっと地域の中で人を支えられるようになりたい。
5年務めた老健を退職し、
長野で地域福祉にたずさわっている人のもとで
勉強をさせてもらうことにした。
そこで、印象的な経験をすることになる。
大切なつながりを
継続するために
できることは色々ある
ご主人が亡くなった後、
急に認知症が進行してしまった女性がいた。
娘さんと同居しても、どうにも精神的に安定しない。
結局、周囲に心配されながらも住み慣れた自宅に戻り、
一人で暮らすことになった。
ある時、その女性が昔仲良くしていた友達が心配して
訪ねてきた。
すると、彼女はホッとしたような表情を見せ、振る舞いも
落ち着いてきたのだ。
「びっくりしました、本当に。
彼女にとって、そのお友達はきっと大切な
『つながり』だったんですよね。
認知症の方は、そういう人が身近にいると、安定するんです。
そういう『つながり』を見つけるためには、
相手とじっくり関わっていく必要があるんだと気づきました」
その後、地域密着型のさくらホームに勤務するようになって
からも、石川さんは利用者の持つ「つながり」を大切にしている。
さくらホームでの具体的な役割を尋ねると、
「うーん……」
と思案顔。
すると突然、背後から声がした。
「石川の役割はねぇ」
施設長の羽田冨美江さんだった。
この人は、
人間が好きなんよ
得意なのはチーム作り
ごめん、勝手に聞いとった。
あははと笑いながら羽田さんは話す。
「石川の仕事はね、利用者さんに向き合って、
この人らしい暮らしって何だろう?
この人にとって大切な『つながり』は何だろう?って
考えること」
そこを見極めて、スタッフの皆に伝えていくのが役割
だそうだ。
「この人はね、人間が好きなんよ。
しっかり人に関わって、それを楽しんでる。
それで、上手に人を巻き込んでいくんよね」
本人を目の前にして誉め過ぎか、と羽田さんは笑った。
「チームを作るのは得意かも!」
石川さんも笑顔で返す。
「地域の中でも作るし、スタッフ同士でも作るし、
それからカープファン同士でも!」
祖父の代から、代々カープファンだという石川さん。
カープ好きを誘って、マツダスタジアムに出かけたり、
浜辺でカープ戦のラジオを聴いたりするんだと、目を輝かせる。
元気づけたいスタッフや、
利用者の家族も誘ったりするそうだ。
ずっとここで、
豊かに暮らせるんだ
地域の人の意識が変わった
石川さんが何度も利用者の自宅を訪問し、
その人らしさを見極めたら、
その後は、みんなで「チーム」を作って
その人らしさを尊重するための介護を実践していく。
利用者は施設に入らなくても、
自分らしさや大切な人たちとの「つながり」を維持したまま、
これまでと変わらず自分の家で生活できるのだ。
そんなことを続けていると、最近、鞆の人にこんなことを
言われたそうだ。
「うちも最初は、ばあさんを施設に入れようかと思っとった
けど、あんたんとこで見てもらいながら、やっていこうかな」
ものすごく嬉しかったと笑顔をはじけさせる石川さんの横で、
羽田さんも微笑みながら、大きく頷いている。
石川さんたちのやり方を目の当たりにした町の人達は、
高齢になった親族をすぐに施設に入れるのではなく、
家で介護をしていくという選択肢をとるようになったのだ。
「自宅で自分らしく過ごすお年寄りたちを見て、
介護が必要になってもこうやって豊かに暮らせるんだな、
と町の人達に感じてほしい」
そう言う石川さんの凛とした眼差しが印象的だった。
その人らしい最期の
時を大切にしたい
ここに住むからこそできること
介護の先には、当然「看取り」がある。
病院は嫌だ、家で死にたいという人も多い。
でも、いざとなると家族の心は揺れるし、
近所の人は、病院へ行かないのかと心配する。
「本人の想いを周りに伝えていくのも、大切だと思ってます。
家で亡くなるのが、あの人らしいんじゃないかなって。
知っている人だからこそ、聞く方もピンとくるんですよ。
そうか、あの人らしいなって分かってくれるんです」
鞆に住んでおり、住民としての付き合いもあるからこそ、
お年寄りの想いを地域の人に伝えやすいのかもしれないと
石川さんは微笑んだ。
――だいぶ長い時間、お邪魔をしてしまった。
お礼を言って、さくらホームを出る。
石川さんは見送ってくれる時も、携帯電話を握りしめていた。
「途中で、利用者さんから電話がなくて良かった」
そう言って、手を振ってくれた。
「その人らしさ」を大切にする介護。
それを実践する石川さんの仕事が、
町の人の介護に対する意識を変えつつある。
石川さんが作る「チーム」の
さらなる活躍が楽しみだ。