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会津漆器 工房鈴蘭 鈴木あゆみさん

会津漆器、という言葉がある。会津漆器、という伝統がある。その伝統を見つめ直す、工房鈴蘭の物語り。

「かわいい漆器」をコンセプトに、
会津に伝わる伝統工芸を現代風にアレンジ
この素晴らしい文化を、もっと知ってほしいから

会津漆器 工房鈴蘭 鈴木あゆみさん の物語り

1

現代に伝統を生かす

会津漆器、という言葉がある。 言葉には印象がつきまとう。

例えばそれは隙のない曲線美。 あるいは抑制の利いた華々しい蒔絵。
不浄を寄せ付けぬ気高い赤。 この世の深淵を見つめているような、黒。

印象はときに先入観を生む。 先入観はやがてその印象を補強する。

七日町通りに桃色の暖簾がかかっている。 飾り気のない薄墨で書かれた
「鈴蘭」の文字。 るい店内に並べられている品々には、
そういう印象の中の「会津漆器」とは離れた物が多い。

例えば適度に粗さがあってよく馴染む手触り。 円を基調にした
簡素で親しみやすい模様。 ほのかな温かさを覚えるような、臙脂や薄桃色。
中にはガラスを漆塗りしたものまで。

会津漆器、という伝統がある。 その伝統を見つめ直す、
工房鈴蘭の物語り。

2

身近な漆器へ

工房鈴蘭のコンセプトは「かわいい漆器」なのだと、
店を切り盛りする鈴木あゆみさんは笑顔で教えてくれる。

使うと傷が付くのではないか? すぐ変色してしまうのでは?

人々の日常生活から、漆器という存在が遠ざかって久しい。
ゆえに先入観ばかりが残り、漆器は更に敬遠される。

でもきっとむやみやたらに高いのだろう。
そうだ、食器棚の中に飾っておこう。

願わくは漆器の敷居をさげて、もっと身近なものに。
そのためにも、まずは「塗り物」に興味を持ってほしい。

だから、工房鈴蘭で扱っている品々は 必ずしも狭い意味での「漆器」に限らない。

例えば漆の代わりに元が透明なウレタンを使った器。
同じ技術を使っても、漆より自由な色彩で塗ることができる。

他にもガラスを素地にして、ラメを混ぜつつ漆塗りしたものも。
木地と漆の組み合わせでは出せない風合いがあれば、
その良さを生かしていく工夫を、積極的に追い求めていく。

3

会津の魅力、伝統の魅力

あゆみさんは、初めから漆器の道を志していたわけではない。
学生時代はソフトボールに打ち込み、 やがて実業団のチームに入る。
それが不況の煽りで入社二年後に廃部となり、目標を見失った。

自分のやりたいことを、もう一度探してみる。業務の傍らで、
大学の通信制課程に籍を置く日々が始まった。

登校日には他県出身の人とも顔を合わせる。その折々に、会津はいいね、
と、あゆみさんは言われたのだった。

お酒はおいしいし、お米もおいしいし、自然が、歴史が、伝統工芸があると。

ただ正直、それの何が魅力的なのか、最初はよく分からなかった。
分からないなりに、何か魅力があるのだろうと思いつつ、
これから会津で生きていくということを、初めて意識した。

会津にいるんだったら、何をしよう?
父が会津漆器の塗師だったことに、ふと思い至った。

4

会津漆器の未来のために

あゆみさんは、子どもの頃からものづくりが好きで、
父の邦治さんの職場にも、毎週のように出入りしていた。

そうして今、成長して父から改めて聞く会津漆器の未来は
決して明るいものではなかった。

会津漆器の生産では、 現在でも分業制と問屋制が機能している。

各工程を受け持つ職人と商人は原則として分離していて、
それぞれの間は昔から続く問屋によって取り持たれている。
問屋は職人の面倒を見て、職人に仕事をおろしてくれる。

しかし長く続く不況の中で、仕事の数自体が減ってしまった。
高級な一品物は無論、量産品も価格で海外の物には敵わない。
己の技で食べてきた、職人らの苦衷はいかばかりだろう。

この技術がなくなってしまうのはもったいない。
会津の魅力、その内のひとつが、このままでは絶えてしまう。

一年近く悩んだ末に、あゆみさんは結論を出した。

5

そうだ、作って売ろう

会津漆器技術後継者訓練校。

あゆみさんは会社を辞め、 この学校で二年間、漆塗りを学んだ。

やはり会津漆器の伝統を想う同期の学生たちに囲まれながら、
父とともに、工房鈴蘭でやっていく決意を固めた。

工房鈴蘭は邦治さんが独立して開いた工房で、
市街地を東に離れた静かな山の中に建物を構えている。

木に囲まれていて湿度も安定し、夏にも暑くなりすぎない。
流れる空気も街中に比べて埃が少なく、塗りに適した環境だった。

問屋の仕事が減っていく中、邦治さんは考えていた。
そろそろ自分で、今まで見たこともないようなものを作りたい。
漆を取り入れたもので、全く新しい何かを、と。

一方で娘のあゆみさんも、会津漆器の将来を考え続けていた。
職人が生き残り、会津で仕事を続けていくにはどうするか。

―それならば、作って売ろう。

二人の辿り着いた答えが、それだった。

6

普段の生活に、漆器を

最初の数年は様々な展示会に参加するところから始めた。
評価は必ずしも芳しくなく、試行錯誤の日々が続いた。

木製の新製品だけでは行き詰る。 はっきりとそう思ったのは、
まさにその頃だった。 今の生活では、味噌汁を毎日飲むということもない。

では、ガラスならどうだろう?

ガラスならお水でもお茶でもお酒でも、普段からよく使う。
しかし、ガラスは表面が滑らかで、漆とは決定的に相性が悪い。

邦治さんは何度も創意工夫を積み重ねた。
苦労の末に完成した、「漆塗りのガラス」という逸品。

展示会での反応が、変わった。
これなら行ける。 二人の間に確信が生まれた。

そうして七日町の大通りに、桃色の暖簾が翻った。
職人である塗師が、自ら構えた店。

工房鈴蘭の直売店が、いよいよ動き始めた。

7

使われる漆器へ

直売店を開設してから気付いたことも多い。 商品を出すと、
すぐにお客さんの「声」が返ってくる。

―例えば、漆器の色が暗いという「声」。

開店当初は赤や黒、昔ながらの色ばかりが並んでいた。
こちらを黒で塗ったなら、こちらは赤で塗る。

伝統と共に根を張っていた、ある種の固定観念。

こういう色も出せるのか、出していいのか。
試しに明るい色を使ってみて、作っている側が驚かされた。

―他にも、漆器は傷付きやすくて怖いという「声」。

確かに木地や漆の特性上、漆器の手入れには幾つかの制約が付く。
それが必要以上に強調されて、敬遠される原因のひとつになっていた。

実際に傷が付きにくく、しかも、そう思える塗りはないだろうか。

工房鈴蘭の特徴でもある、適度に粗い手触りの塗りは、
そんな細やかな心遣いから生まれたものだった。

8

鈴蘭の立ち位置

伝統工芸とは、なんだろう? 伝統を守るとは、どういうことなのだろう?

あゆみさんは、常にそう自問し続けてきた。

会津漆器だって、最初からずっとこの形だったわけではない。
何百年も昔から、道具を変えながら、素材を変えながら―。

その時代に必要なものとして、 脈々と生かされてきて、今に至る。

守り続けなければいけないことは、確かにある。

様々な先人たちが継いできた、会津漆器という伝統。
自分たちは、その積み上げられてきた価値の上に立たせてもらい、
そして、その価値を次代に繋げていくお役目をいただいている。

一方で、徒に変化を拒んでもいけない。

時代に合わせて、人々と共に変わっていかないと、
最早それは、必要とされるものではなくなってしまうはずだ。

変わってもいい。自由にやってもいい。

それがむしろ、伝統を守るということに繋がるのかもしれない。
自分たちの取れる立ち位置は、きっとそこなのだ。

工房鈴蘭では、時代の新しい風を掴もうとする親子二人、
今日もひとつずつ心を込めて、「身近な漆器」を作り続けている。

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