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大世話人

鞆の浦の寺町通りを迷いながら歩いていると、ふいに声をかけてくれたおやっさん。飄然と現れたるその人こそ、鞆の浦を知り尽くす、大世話人。名を告げることもなく、初めて鞆を訪れた旅人にこの町のことを教えてくれる、そんな男気溢れる大世話人の「物語り」。

祭りのこと、歴史のこと、町のこと、
その大世話人に聞けば、何でも教えてくれる
ただひとつ、彼の“名前”をのぞいては

大世話人 の物語り

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鞆に生きる、鞆と在る

大世話人の物語り

「鶴が羽を伸ばしたような、 ええ景色になるんですよ」

細く、長く、どこまでも上っていきそうな石畳の路地。
そうして辿り着いた境内から臨む、静かな鞆の町並み。

「あの上でお寺さんがあるでしょ、あれが頭で、
嘴(くちばし)が波止なんですよ」

おやっさんは無造作に指をさして、目の前の景色を絵解きしていく。
次第にくっきりと浮かび上がる一羽の鶴。ゆるやかな弧を描いて立ち並ぶ家々は、
その翼になる。

「ちょうど瀬戸内海で一番広い、四国までの広さがあるのはここなんですね」

鞆の町を包み込む、瀬戸内の凪(な)いだ深い青。
やはりこの町は、海と共にあるのだ。

鞆の町の西外れ、山裾に佇む医王寺というお寺。
ぼくはそこで、おやっさんに出会った。

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鞆の祭りと、お祇園さん

本当は三つで一つ

「二月に、『お弓神事』ってあるんですよ」

ぼくが旅人だと知って、おやっさんは鞆の祭りについて語り始めた。

「後は八月のあれ、『お手火』やな。スサノオが鞆に来たときに、
夕方に来たから、篝火(かがりび)を焚いて迎えるんですよ。
それから『渡御祭』、これが旧暦の七日。『還御祭』、これが十四日。
これ三つで、おぎょんさんの祭りなんですよ」

―おぎょんさん。そうか、「お祇園さん」、沼名前神社のことか。
それだけ鞆の人たちに親しまれているんだな。

「大祭り言うて、鞆で一番大きな祭りが九月にあるんですよ」

チョウサイのことか、とぼくが呟く。途端におやっさんの顔色が変わった。

「あれは絶対にだめなんです、あれは大嘘なんですよ」

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鞆の祭りと渡守神社

間違って伝わる「チョウサイ」

「チョウサイ言うのは祭りじゃないんですよ。
引くやつ、“だんじり”なんですよ。元来は担いどったんですけどね」

ぼくはとっさに手元の観光案内を手繰り寄せてみた。
しかし、確かに祭りの名前は「チョウサイ」と書いてある。

「ですからね、これ祭りの名前を間違って書いてるんですよ。
もともとは八月の祭りとか、大祭りとか。正式名称は渡守神社の祭礼なんですよ。
通称はこの頃は、『秋祭り』と言いますからね」

「チョウサイ」ではなく、旧暦八月の大祭り。だけど、これでは―。

きっと初めて鞆の浦に来た人は、勘違いしてしまうだろう。

「間違いは正していかないといけない。
後世伝わっていったら、それが正当になる」

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鞆の祭りの大世話人

名前なしで、その方がかっこいいでしょ

その時、ふと思った。おやっさんは何者なのだろう。
鞆の祭りに対する深い思い入れと、その知識。

「鞆の人間には、常識ですよ」

事もなげにばっさり言い切ってしまう。
それでも何とか、名前を教えてもらえないかと頼み込むと、
意外な答えが返ってきた。

「ぼくら、祭りの世話人やってますからね。 鞆には『大世話人』っていう
制度があるんですよ。この下に『若いもん頭』があって、この上に『総代』がある」

なるほど、その「大祭り」の世話人だったのか。
道理でお祭りのことに詳しかったわけだ。

そうして、おやっさんはもう一つ、大きな世話を焼いてくれた。
何とこの辺りのお寺や神社を、案内してくれると言うのだ。

そんなご厚意を―、それでは、せめて名前だけでも教えてほしい、
とぼくは改めてお願いしてみた。

「名前なしで。その方がかっこいいでしょ」

あっさりとそう言い放って、おやっさんは石畳の路地を折れる。

そこは鞆の人しか通らないような、まさに裏道だった。

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裏道と裏話で進む、鞆の寺町

鞆の大仏、森の石松、山中鹿之助

まるで猫の使いそうな抜け道の先に、いくつものお寺があった。

「びっくりするでしょう」

おやっさんは呵々(かか)として、顔を綻ばせる。
重厚な瓦葺きの伽藍の中にいたのは、金色の巨大な仏さま。
阿弥陀寺のご本尊。いわゆる「鞆の大仏」。

「ここ、これ分かる? 徳利と猪口」

法宣寺には幕末の侠客、森の石松のお墓。墓石にまで象(かたど)らせるほど、
お酒が好きだったんだろうな。

「ここのお寺さんが一番古い。ものすごく小さくなったんですよ。
元は正式な一堂伽藍っていう、そういう形式があったらしい」

そこは、山中鹿之助の首塚のほど近くに佇む、静観寺。
空気が止まったような錯覚を覚える、均整の取れた空間。

「鞆ね、お寺さんがなかったら、大分家が増えるのにな」

飄々と嘯(うそぶ)くおやっさんに、ぼくも思わず苦笑してしまう。

「たまには表街道行こっか?」

そうして、再び石畳で敷かれた細い表通りに出てくる。
万華鏡のような、鞆の寺町―。

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人が、船が、歴史が集まる港町

弘法大師、足利将軍、平重盛

ぼくを連れて歩きながら、おやっさんは色々な話をしてくれた。

最初にいた医王寺は弘法大師の開いたお寺で、鞆で二番目に古い。

足利尊氏は鞆に滞在している間に、光厳上皇の院宣を受けた。
足利義昭は京を追われた後で鞆に逃れ、そこから、
「鞆幕府」という言葉も生まれた。

彼の滞在していた小松寺を建立したのは、小松宰相・平重盛。

「鞆は風待ち、潮待ちの港じゃけん。 昔はほら、人力じゃったろ。
風も自然のやつじゃろ」

そうして鞆の津を行き交った数限りない船と共に、やはり、
さまざまな人たちが、この町に、足跡を残していったのだろう。

鞆は太古の昔からそういう町だったし、
鞆の人たちも、そういう場所で生きてきたのだ。

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大世話人は、人びとと共に

ええ人を捕まえましたね

いよいよ、ぼくたちは、「お祇園さん」の参道までやってきた。

疲れてきたので一休みしようと近くのお店に入る。
お店の中は和やかな空気で、地元の人が談笑していて、
ひとりが声をかけると、おやっさんもすぐその輪に加わる。

「チョウサイの説明したんですよ」

そうして時折、大世話人としての顔が覗く。

「ええ人を捕まえましたね」

店のおばさんが小さな声で、あっけらかんと告げる。
だけど絶対に名前を教えてくれないんですよ。
ぼくがそうこぼすと、一座にわっと大きな笑いが弾けた。

お店を後にして参道を進んでいくと、すれ違う人たちは、
次々おやっさんと挨拶を交わしていった。

「わしの名前を言うなよ!」

その度ごとに、先んじて一喝するおやっさんは、
どこか楽しそうだ。

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鞆の歴史の大世話人

知る知らんじゃ大違いじゃからな

「鞆の歴史ならあの人に聞けって。鞆のドンですからね」

神社の人からも、そんなお墨付きをもらう。そうして「お祇園さん」の境内を、
歩いていたときのことだった。

「この社(やしろ)が八幡さん。お弓神事のときに、ここでご祈祷する」

摂社になっている八幡社の前まで来て、ふとぼくはあることに気付く。
扁額の「八」という文字が、鳩の形をしているのだ。

「鳩は神様の使い。鎌倉の鶴岡も鳩サブレじゃろ」

おやっさんに告げると、またもや即答。ぼくは思わず感心してしまう。

その時、不意におやっさんがしわくちゃの目を細めた。
「そういう歴史は、知ると知らないとじゃ大違いじゃからな」

鞆の総鎮守である渡守神社、その祭礼で大世話人を務める、おやっさん。

最後まで名前は教えてもらえなかったけれど、ぼくは、おやっさんから、
大切なことを、たくさん教えてもらった気がした―。

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