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秋祭り・明かし物制作

人々をつなぐ祭りという絆
秋祭り・明かし物制作の物語り
渡守神社例祭、その何ヵ月も前から
男たちの祭りは始まっていたー
秋祭りに向けて強くなる、人の絆の物語り

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秋祭り準備の風景

和気あいあいの声

にぎやかな笑い声が聞こえ、 僕は声のする方へ足を向けた。

6月の気持ちの良い日。 梅雨入りしたばかりで、
空気はしっとりと濡れている。

道を彩る草木の色も、 夏を臨み、いよいよ深く
青々と染まりつつある。

静かな波の音と淡い陽光ののどかさ。
近く遠く、聞こえてくる鳥の声。 爽やかな色と潮の香りの中、
微かに届く人の気配を探して歩いた。

そうして僕は、古びた土蔵のような建物へと近づく。
中は暗くてよく見えないが、声は確かに ここから漏れている。

光を取り込むために開け放たれた扉から、 そっと覗き込んでみると、
ペンキの匂いが鼻をついた。

僕の目に映ったのは、 四角い大きな骨組に張られた布に、
「渡守神社」の文字を彩る人々。

お話、聞かせてくださいませんか。
迷い込んだ僕の言葉に、彼らは気さくに頷いた。

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渡守神社例祭

秋の最中の三日間

彼らは来たる秋祭りのために、 準備をしているのだそうだ。

渡守(わたす)神社例祭―秋祭り。
沼名前(ぬなくま)神社の摂社として在る渡守神社には、
海路平安を司る神様が祀られている。

秋祭りの期間は旧暦の8月11日から3日間。
今でいう、9月の第三月曜日の前週の、 金曜日から日曜日まで。
鞆旧七町に当たる各町が輪番で祭りを仕切っている。

僕が出会ったのは、 今年の当番町、西町の祭事運営を務める3人だ。

祭りの初日は渡守神社から当番町への神輿渡御があり、
二日目に当番町での御旅所祭。

御旅所祭では「造り物」と呼ばれる人形を飾る。
最後の日に還御祭を迎え、神様を見送った後に チョウサイが出る。

チョウサイというのは、二本曳き綱を使って 曳き回す山車のことだ。
装飾布団三枚を重ねてその上に太鼓を載せた山車は、 布団太鼓とも呼ばれるとか。

町ごとに意匠を凝らしたチョウサイを 持っており、
その上で囃子役が音頭を取る。 チョウサイの太鼓の音と共に引き手も踊り、
祭りは最高潮に達する。

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内緒ないしょの明かしもん

夜宴を照らす大行燈

実に7年ぶりとなる当番町、 準備には自ずと気合いが入る。

彼らが筆を持ち、色を塗っていたのは、
「明かし物」と呼ばれる大行燈だった。

鮮やかな赤い色が目を引いたが、 これは裏側だという。

「明かしもんの表にはその年の 旬の絵を描くんですよ。
絵柄は当日まで秘密です」

なるほど、と言って両手で目を隠そうとした僕を、 その人は笑って制した。
覗きこんだ表の面は、まだ白紙だ。

表面に入る絵の題材は、 大河ドラマや、子供たちに人気の
アニメなどから取るらしい。

骨組となる木枠は毎年同じものを使い、 表面の布だけ張り替えて使用する。

こうして作った各町の明かし物が、 祭りの一日目に神輿渡御を先導するのだ。

造り物の背景になる大行燈にも絵を描くらしい。
当日が楽しみになる。

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西町代表世話方

町をあげての祭礼準備

祭りの準備に先頭切って携わるのは、 各町の世話方の人たちだ。

僕の出会った彼らも、西町の世話方を 務めているらしい。
みんな本業の傍ら、 力を合わせて準備しているのだ。

「この大行燈の字は、かつて鞆に本職の 看板屋がいた時に
書いて貰ったんですよ。 これは残そうぜって言って、毎回新しい
布に書き写して使ってるんです」

物作りが本業の人たちは造り物の制作を 担当するなど、
得意なものを手分けして やっているそうだ。

それじゃあ、明かし物を作る人たちは
絵が得意なんだろうか?

「いやあ、僕なんか不器用で。 細かい所は塗れんのですよ」

説明してくれた彼は、 照れたように筆を弄った。

みんな和気あいあいとして、 会話を楽しみながら準備に興じている。
それにしても、 世話方ってどうやってなるものなんだろう。

なりたいって言ったらなれるんですか?
そう聞いた僕に向かって、彼らはにやりと笑った。

「え、やる? やりたい?」

よそ者に対して言った冗談に違いないけれど、
彼らはとてもあたたかで大らかな雰囲気で…、
ちょっとだけ本気で言ってるんじゃないかな、なんて。

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ななとしいちど巡る人

鞆の後継

「ガキの頃はなあ、この祭りが 楽しみで楽しみでもう…」

まさか、世話方になったら「はよ終われ」って 思うようになるなんてなあ。
1人がそういうと、みんな賛成するようにどっと笑う。

僕からしたら、彼らはとても楽しそうに 見えるのだけれど、きっと外からは
分からない苦労が沢山あるんだろう。

西町は、鞆の町の中では世帯数が少ない。 世話方も6人から7人程度と、
決して多くないのだとか。

最終的には、町の全員が何かしら 祭りの準備に関わることになる。

「祭りの準備は7年に一度しか 回ってこないですけど、 きっと次も、
その次も僕らは現役でしょうね」

西町は世帯数だけでなく、子供も少ない。
もちろん少子化は西町だけの問題ではない。
今は次の世代に引き継ぎができている他の町でも、
いずれ問題になってくることだという。

70歳になっても世話方を続けることになるだろう。
彼らはそう言って頷き合った。

やっぱり僕が世話方になれるのかって聞いた時のあの目は、
ちょっとだけ、本気だったのかもしれない。

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楽し楽しや童の記憶

子供たちが楽しめる祭りづくり

準備をしていた彼らの中に、 沼名前神社祭事運営委員、 西町本部役員の藤井健太郎さんが
いらっしゃった。

本部役員というのは世話方の代表のことだ。 藤井さんは、秋祭りを、
「子供の楽しめる祭り」にしたいという。

「僕らも子供の頃楽しいって思ったから、 今こうやって世話方ができるんです。
今の子供らが大人になったらこの町に帰って来て、
役員やりたいって思える祭りにしたい」

願わくは、今の子供たちが、祭りを楽しいと思って、
鞆の外へ出て行ってもいつか帰って来たいと思うように。
その子供たちが大きくなって、
いつか自分の子供を祭りに連れて行きたいと思うように。

子供たちの子供たちも、 祭りを楽しいと思ってくれたら。
それがずうっと続いたら。

それはきっと、この鞆の町が、 ずっと続くってことなんだろう。
僕は藤井さんの優しい言葉を、 じっと聞いていた。

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祭りの要は「つながり」

祭りも準備も、コミュニケーション

「 “神様のために祭りがある”っていうのはね、 建前だと僕は思うんですよ。
何で神社や祭りがあるかって、 結局はコミュニティなんです」

コミュニティ形成のために、 祭りが一役買っていると藤井さんは言う。
人と人とのつながりの象徴として神様は在る、 と彼は考えるのだ。

「やっぱり、祭りは“準備”に 本質があるんですよ」

3日間の秋祭りのために、西町では5月から準備を始めている。
当たり前だが、本番に比べて準備期間の方が、
ずっとずっと長いのだ。
祭りが始まるまでが祭り、というわけか。

騒ぐのは誰にでもできる。でも、 それだけでは祭りじゃない。
勿論当日はみんな大騒ぎして楽しむけれど、
祭りを成功させるには、準備に一致団結することが不可欠だ。

「自分らは、それが分かったから世話役になったんです。
誰かに言われたんじゃない。自分で気付かなきゃ意味無いんです。
それに気付いてくれるような祭りをするっていうのが、
自分らの役割なんですよ」

祭りの仕事は強制されてするものではないし、
それではけっして務まらない。
誰のためでもなく、誰に頼まれたわけでもなく、 ただ好きだから。
彼らは自分のために今でもこの場に立ち、祭りを守っているという。

―でも、僕は。

「彼ら自身が楽しむためのお祭り」が、 ちゃんとみんなへ繋がって、
確かに誰かのためのお祭りになっているということも、
確かに次の世代のためにも在るということも、
ちょっと無いくらい、素敵なことだと思ったのだ。

それは結局のところ、
一体どのくらいなのかと問われたら―

「百と五年後に、子供たちが見る祭りの灯りくらい」

僕はきっと、そう答えるだろう。

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