多聞寺 藤本奈々恵さん
子育てをメインに島での生活を送りながら、
多聞寺を開放し、様々なイベントを行っている
肥土山を見渡す寺
小豆島霊場46番札所にて
年季がかった鐘楼門をくぐり抜けると、
さっぱりと手入れされた境内が広がっている。
正面の本堂に向かって伸びる参道には、
塵ひとつ落ちていない。
仏像も灯籠も、植えてある木さえも、境内にあるすべての
ものが落ち着き払ったように見える。
本堂に上がると、目の前に肥土山の集落が見渡せた。
小豆島霊場46番札所に数えられる多聞寺(たもんじ)は、
寺伝によると行基が開創したといわれている。
元々は苗手四望という場所にあり、そこで「東林坊」と称していたが、
文亀年間に現在の場所に移転し、名称を「多聞寺」に改めた。
人の気配を感じて振り向くと、住居とおぼしき建物から女性が現れた。
住職の妻、藤本奈々恵さんだった。
寺で英会話教室
現代によみがえる寺子屋
藤本さんは私を快く家に上げてくれた。
座布団に座るよう勧め、「足をくずしてくださいね」と気遣いつつ
硝子の器に入れた冷たいお茶を差し出す。
座敷の上には最低限の調度品が並び、広々としているのに掃除の手が
行き届いていることを感じさせた。座敷飾りに置かれた品々も、
品のいいものばかりだ。ふと、違和感を覚えたのは、
部屋の端に置かれたホワイトボードの存在。
赤いマーカーで
「The opposite of heavy is light.」と書いてある。
視線に気づいた藤本さんが、「ここで子どもたちを集めて、
英会話教室やことわざ教室を開いているんですよ」と
教えてくれた。
なんでも、小豆島に移住してきたイギリス人を
講師として寺に招いているらしい。
お寺で教室とは面白い。
まさに現代の寺子屋である。
人が集まる場所
コミュニティこそ本来の姿
それだけではない。藤本さんは、この寺を使ってユニークなイベントを
不定期で開催している。
期間限定の寺カフェや、ヨガ、ワークショップ、
親子クッキング、“ママ”マルシェ、演奏会など様々。
時には藤本さんが先生となり、子どもたちに教えることもある。
その企画力と行動力に感心していると、藤本さんはすかさず言った。
「私は場所を提供するだけ。あとは、器用に雑貨を作ってしまうママ友たちに
『それマルシェで出そうよ!』って、けしかけるだけなんですよ」
とは言うものの、そのママ友は、マルシェがなければせっかくの作品を
大勢の人に披露する機会は訪れなかったかもしれない。
藤本さんが“場”をつくる、と同時にチャンスが生まれたのだ。
この活動は当然、自身の喜びにもつながっている。
「みんなが楽しそうにしてればうれしいし、
ママたちが楽しければ子どもも楽しいでしょう」
寺にもっと人が集まればいいな―
寺カフェを開いたのも、そんな想いがきっかけだった。
元来、寺は人々が集まるための場所、といっても
過言ではなかった。
しかし現代では、地域の人々の“寺院離れ”が進んでいる。
葬儀さえ、寺で行わない家庭もめずらしくない。
しかし多聞寺は、ここ肥土山で、ごく自然に
コミュニティの場になり得ている。
藤本さんのアイディアと、
それを形にする人たちの手によって―
子どもの可能性のために
チャンスがないなら作ればいい
一児の母でもある藤本さん。実は、どのイベントも「子どものために」という
想いが先立っている。
藤本さんは小豆島で育った。大学進学を機に東京へ出て、
教育に携わる仕事に就いた。
だからこそ、Uターンで多聞寺に嫁ぎ、小豆島で子育てをすることになって
思ったことがある。
「都会と比べて選択肢が少ない」
都会の子と同じように習い事をさせることはもちろん、
島の外に出なければ、自分にどんな可能性があるのかを
見つけることさえ難しい。
音楽家、と一口に言っても、音楽教師であったり映画音楽を作る人であったりと、
進む道はいろいろある。
それすら知らずに生きていく可能性もゼロではないのだ。
だから藤本さんは、小豆島にいながら
自分の子どもに「世界を見せてあげたい」と思った。
「ないなら自分が作ればいい」
そう考えた藤本さんは、島内外から講師を招き、
教室を開講して子どもの視野を広げることに注力している。
「実際ここで育ったからわかるんです。
本当にね、何も知らなかったんです、私も」
初めからチャンスがないなんてかわいそう、
子どもにはどんどんチャンスを与えたいという藤本さん。
「でも、私はあくまで“用意”するだけ。
最後に選ぶのはこどもですから」
小豆島の子どもたちへ
ここで育ったから言えること
自身の子どもに限らず、小豆島に暮らす子どもたちに伝えたいこと。
それは―、「あきらめたら終わり」ということ。
選択肢が少ない、という点において都会よりも限られてはいるが、
そんな中でも自分ができる範囲のことをしている。
小豆島は自然豊かで子育てに恵まれたところもたくさんある。
ただ、ここにないものは、親である自分が用意してやればいい。
外に目を向けさせて、いろんな人に会わせて―。
最後に選択するのは、自分自身。今は我が子のことで精一杯だけど、
ゆくゆくは、今以上に小豆島の子どもたちの
視野を広げる場づくりができたらいい。
藤本さんは今、そう思っている。
親と子が集まれる地域のコミュニティにして、
世界が垣間みられる場所、多聞寺。
ここで子どもたちは日々、未来の可能性を探す。
あくまで「私は何も」と謙虚な藤本さんだが、母の子を想う心が原動力となり、
少なからずこの里山にイノベーションを起こしている。