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自然舎 山本貴道さん

自然と人の架け橋に
自然舎 山本貴道さんの物語り
都職員からカヤックガイドへと
異例ともいえる転身を遂げた彼は、
この島の自然と夕陽を愛して止まない

01

生まれ故郷から東京へ

〜島を離れた若者〜

日焼けした顔に、白い歯が目立つ。
ちょっと野性的な、いかにも島人といった風貌。

彼――山本貴道さん――は、みんなから
「やまちゃん」と呼ばれ、親しまれていた。

山本さんが生まれたのは、小豆島土庄町。
子供の頃は、市街地から離れた海辺の
祖母宅をしょっちゅう訪れ、
豊かな自然の中、のびのびと遊んだ。

「何のおもしろみもない島の暮らし」

そんな考えは、往々にして大人たちの中にあった。
田舎に生まれ育った人間なら、きっと一度は考える。
やがて山本少年も例外なく、
「ゆくゆくは島の外へ」と思うようになった。

生まれ故郷を離れて都会に出る、島の若者にとってそれは、
ごく普通のことである。高校を卒業後、山本さんは
大学に入るために上京。

大学を卒業した後は東京都庁に就職し、
3年にわたり奥多摩で川魚の研究に没頭する。

やがて山本さんは、海洋資源の研究に従事することとなる。

その研究の拠点となったのが、小笠原の父島であった。

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小笠原は父島に暮らす

〜カヤックとの出会い〜

海洋研究員として、小笠原に住むことになった。

東京本土までフェリーで25時間半。
しかも運行本数は1日1、2本という少なさ。

「小豆島って便利な島だったんだなぁ」

驚くほど陽気な海――
同じ海でも、父島は故郷の海とどこか違っていた。

奇しくも、父島に来て初めて山本さんは
故郷を見つめ直すことになる。

父島の海で過ごす日々の中、山本さんはある日カヤックと出会う。
幼少の頃から海に親しんできた彼は、すぐにその魅力に取りつかれ、
大自然の中カヤックに夢中になった。

ここでの生活が、山本さんにとって今の人生を歩む
大きなきっかけとなる。

32

人と自然をつなぎたい

〜32歳の決断〜

カヤックを縁にして、たくさんの仲間ができた。
彼らは皆一様に島暮らしを楽しみ、そして自由に生きていた。

少なくとも、山本さんから見た彼らの人生は
輝きに満ちたものだった。

「人と自然をつなぐ架け橋になりたい」

山本さんの中で、ふと、そんな想いが芽生えはじめる。

海を身近に感じられる海洋調査の仕事は楽しく、
公務員という社会的地位にも不満はない。

「でも、もっとやりたいことがある」

当時、山本さんには妻がいて、もうすぐ生まれてくる子供もいた。
今の仕事を辞める理由はまったくない。もちろん妻は賛成しなかった。

しかし彼は決心する。

「小豆島に帰ってネイチャーガイドをしよう」

父島に暮らして6年、山本さんは32歳になっていた。

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カヤックがもたらしたもの

カヤックがもたらしたもの

こうして小豆島に帰って来た山本さんは、
幼い頃よく遊んだ祖母の家の近くに「自然舎」を立ち上げ、
カヤックツアーやネイチャーガイドの仕事をはじめる。

父島で出会ったカヤックは、
魅力的な島人と彼を引き合わせてくれた。

今度は自分が、小豆島の自然と人とをつなげたい。
そしてもうひとつ。

「子供と一緒に大自然の中、カヤックをしたい」
ネイチャーガイドを志した山本さんの根っこには、
そんな想いがあった。

今はわけあって子供と離れて暮らしているが、
「やっぱり、いつかは……」

海岸に座り、日が傾いで霞む遠くの島々を眺めながら、
山本さんは目を細める。

家族連れのカヤックツアーで、海がにぎやかになるのはもうすぐ。
夏休みは、彼の1年でもっとも待ち遠しい季節かもしれない。

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どこよりも海が好き、小豆島が好き

〜静の島、恵みの島〜

「瀬戸内海は癒しの場所なんですよ」

何より海が好きという彼に小豆島のことを聞くと、
顔をほころばせ、教えてくれる。

「小笠原の海が動なら、小豆島は静。
小笠原も好きやけど、また全然違う。
ここの海は心が開放される、っていうんかな」

小豆島は自然の恵みが豊かな島、と山本さんは言う。
それでいて文化も歴史もある。空気も守られている。

「地元の人はわかってないかもしれないけど」
彼は最後にそう付け加えた。

「ここはね、夕日がきれいなんですよ」

見ると、遠くの山に陽が沈みかけていた。
海のほうに目をやれば、二艘のカヤックが
小さくなって浮かんでいて、
オレンジ色に照らされている。

あれはサンセットカヤック、と彼は教えてくれた。

カヤックの上から眺める夕日は、さぞかし美しいだろう。

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人と人をつなぐ カフェをつくろう

〜仲間と一緒に架け橋を〜

海を真正面に陣取って、何やら工事中の古民家がある。

4年前に山本さんが購入した空き家らしい。
自然舎メンバーや仲間らと一緒にここを改修して、
カフェを開こうというのだ。
工事は手作業でコツコツと進めていく。

オープンした暁には、地元の旬の野菜やオリーブ、
魚介を使った料理を出すという。
カフェの名前は、「タコのまくら」。

「自然と人をつないできた、次は人と人を
つなぎたいと思って。それでたどり着いたのが
カフェだったんです」

大きく切り取った窓からは海が一望できる。
それに、あの素晴らしい夕日も。
心が解き放たれる、小豆島にふさわしい
一軒家カフェだ。

「10年前なら考えられないくらい、
島にはおもしろい人が増えた。
外からも少しずつ人が来はじめて、
島の人にない感性をくれる。
何かはじめようとすると、
素敵な人材が集まってくる、
そんなところも小豆島を好きな理由かな」

自分の好きなことを、楽しく自由に謳歌する。
小豆島を、故郷を愛しながら――

彼のまわりには、そんな彼に魅せられた人たちが
自然と引き寄せられるのかもしれない。

日も暮れた頃、工事中の古民家から
「おーい」と呼ぶ声が聞こえた。
「作業に戻らないと」と言って山本さんは
手を振り、仲間の元へ駆けて行く。

素敵な仲間に囲まれて、
この夏、やまちゃんの“架け橋”は
どうにか形になりそうだ――

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