熊本県と大分県の県境付近にある標高700mの山間部に、ひっそりと佇む温泉地「黒川温泉」。ここは日本国内のみならず、世界からも認められるブランド温泉地です。
今や日本屈指の温泉地となった熊本県黒川温泉も、かつては空室が多く、多額の負債を抱え込む厳しい状況に置かれていました。この状況を打開すべく立ち上がったのは、黒川温泉旅館の若手経営者達です。
後に”黒川の父”と呼ばれる後藤哲也氏を筆頭に、黒川にしかない”良さ”を、訪れた人に”分かりやすく伝える”ことを徹底的に追求しました。そして、「小規模旅館」「雑木林」「泉質豊富な温泉」という黒川温泉の特長を、癒しをテーマにうまく融合させたのです。
黒川温泉が活気を取り戻すことができた秘訣は、これからの時代を担う若者が積極的に行動を起こしたことにあるでしょう。課題テーマ毎にグループ分けをし、若者には責任ある立場を与え、年配者はアドバイザーとして完璧なサポートをする。このようなチームワーク力の強さが、黒川温泉を唯一無二の温泉地へと導いたのです。
旅館という共生のもと発揮されたチームワーク力
かつて閑古鳥が鳴く温泉地であった黒川温泉が、世界的にも人気の温泉地へと成長することができた秘訣は、「黒川温泉一旅館」という共生の理念に基づくチームワークにあります。
「温泉地全体を大きな旅館、各旅館は部屋、道は廊下」と考える独特のビジョンは、地方創生に必要な“団結力”を最大限に高めたのです。
黒川温泉の若手旅館経営者は、共生の理念のもと、温泉観光の地方創生チームを結成。企画班、環境班、看板班の3班に分かれ、各々が黒川のために行動を起こしました。
1、企画班・・・黒川にある全ての露天風呂に、旅館の垣根を超えて立ち寄り湯をすることができる「入湯手形」を発案しました。
2、環境班・・・自然をより美しく趣のある景観へとするために植樹や整備を行い、黒川らしい田舎の癒しの景観を創り上げました。
3、看板班・・・自然にそぐわない派手な個人看板を全て撤去し、景観に合う共同看板を作成しました。
これらチームの力が合わさり、黒川温泉は現代社会とは切り離された趣のある癒しの温泉地へと変化していきました。そして、多くの観光客がリピーターとなり始めたのです。
全国先駆けの温泉巡りシステム:入湯手形
近年、全国の温泉地で見られるようになった温泉巡りシステム「入湯手形」。実は、黒川温泉が発祥の地であることをご存じでしょうか?
観光地の多くは、需要の繁閑差をなくすことが大きな課題です。この問題を解決するには個人客のリピーターを獲得する必要があります。そこで試行錯誤の末に辿り着いたのが、「入湯手形」です。
黒川温泉には、薄暗く幻想的な”洞窟風呂”や、最深部162センチもある”立ち湯”など、泉質も異なる多彩な露天風呂が数多くあります。しかし、中には土地の関係で露天風呂を設けることができない旅館もありました。そういった旅館に宿泊した観光客にも黒川の露天風呂を楽しんでもらうべく、企画班は「入湯手形」という湯巡りシステムを発案。「入湯手形」によって、観光客は多彩な温泉を楽しむことができ、旅館は共生の中にも競争意識がわき、露天風呂のない旅館でも宿泊者を確保できる。湯巡りは、黒川温泉全体を活性化させるシステムなのです。
「入湯手形」は通常の日帰り入浴よりもリーズナブルに温泉を利用できるため、1986年の導入から累計250万枚を超える大ヒットとなりました。今では「入湯手形」の収入は宿の収益と組合運営の安定財源となっています。
黒川温泉の街並みも、浴衣姿で湯巡りするのに最適な環境として後押ししているようです。「史跡巡り」や「カフェ巡り」、「神社巡り」など各所を歩き回ることが人気の近年。黒川温泉の湯巡りもまた、人気は衰えそうにありません。
自然と調和する統一感のある街並み
ヨーロッパの統一された美しい景観に、心を打たれたことはありませんか?街全体がまるで一つの作品のような美しさは、見る人に強烈な印象を与えます。黒川温泉もまた、統一された美しい景観、癒しの風情が最大の魅力。他の温泉地と記憶が混合しない「黒川温泉ならではの景観」は多くのリピーターを生んでいます。
このような黒川温泉の景観は、自然にできたものではありません。また、温泉宿従業員など個々の力で成し遂げられるものでもありません。ここに住む地域住民と黒川温泉に携わる全ての人が協同で「街づくり協定」を推進していった結果なのです。
協定では、街並みの統一感を図るべく厳しい規制がされています。
1)建造物の規模と構造の規制
2)主屋根の勾配と素材の指定
3)外観の素材の限定
4)全ての建造物の色彩指定
5)屋外広告物の制限と色彩指定
その徹底ぶりは、自動販売機やガードレール、郵便ポストなど、細部に至るまでなされています。これら地域一丸となった努力により、黒川温泉は世界を魅了する価値のある温泉街となったのです。
外国人観光客へも心からの”おもてなし”を
外国人観光客が日本へ求めるものは、日本らしい“風情”や“趣”です。初めてこの地を訪れた人でも、ホッと心から安らげる。そんな日本の“田舎らしい”黒川温泉の風景が口コミで評判になり、多くの外国人観光客が訪れるようになりました。
そこで黒川温泉は、外国人観光客を積極的に受け入れるべく、このような態勢を整えました。
・公式ウェブサイトは、写真豊富に、全文英語の案内を掲載
・YouTubeにて、黒川温泉の魅力を動画配信
・海外からのネット予約対応
・英語、中国語、韓国語のパンフレットを用意
・英語による音声案内「湯る~っとガイド」の導入
・浴衣、雪駄、帯のレンタル、着付け対応
また、黒川温泉では極め細やかなサービスも見られます。温泉に行った際、自分の靴や傘が見当たらないなんて経験はありませんか?このようなちょっとした悩みを解決すべく、黒川温泉は全ての旅館共通の雪駄と傘を使用しています。日本人らしい細やかな心遣いに、外国人観光客は驚き感動しているとのことです。
滞在型観光地を目指して2018年SMO南小国プロジェクト発足
温泉地として国内屈指の存在となった黒川温泉は、2018年から新たに滞在型観光地化を目指しSMO南小国プロジェクトを発足しました。
地域内の人材だけでなく東京など地域外からのビジネスマン・クリエイターなどの人材を集め、多様な視点からの観光地化を目指しています。
「地域外からの人材」と共に活性化を目指すことで地域内の人が当たり前だと感じていた地域の魅力が多く気付かされていくのではないでしょうか。
様々な視野からの地域創生に今後も期待が高まります。
こうした黒川温泉の創り上げた癒しの空間が認められ、2009年ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンにて、温泉地として異例の二つ星を獲得しました。
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